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大阪地方裁判所 昭和38年(わ)519号 判決

被告人 堀田薫

昭三・九・一二生 トルコ風呂経営

主文

被告人を罰金五〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、大阪市長の許可を受けないで、昭和三七年九月二八日頃から昭和三八年二月一一日頃までの間、大阪市西成区山王町四丁目一二番地において、「ニユー世界」名義で公衆浴場を経営したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は、行為時においては昭和三九年法律一二一号(公衆浴場法の一部を改正する法律)による改正前の公衆浴場法八条一号、二条一項、(七条の二)に、裁判時においては右昭和三九年法律一二一号による改正後の公衆浴場法八条一号、二条一項、(七条の二)に該当するが、犯罪後の法律により刑の変更があつたときに当るから刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑を適用することとし、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人を罰金五〇〇〇円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。

(弁護人の主張に対する判断)

一、弁護人は、被告人の経営する本件浴場はいわゆる「トルコ風呂」と呼ばれる特殊浴場であり、これについては公衆浴場法(以下「法」という)の適用はなく、被告人の行為は罪とならないものである旨主張する。

被告人の経営する浴場は、三〇室の個人浴室のみからなるもので、各浴室にむし風呂、浴槽、マツサージ台の設備があり、利用者はむし風呂、浴槽で入浴したのち「トルコ嬢」と呼ばれている婦女によるマツサージを受けるもので、通常の公衆浴場、いわゆる銭湯とは構造、営業形態を著しく異にし、入浴料金についても、物価統制令の適用を受けておらず、昭和三七年一〇月当時一人一一〇〇円であり、通常の公衆浴場に比して著しく高額の料金を定めていることが明らかである。しかしながら、公衆に対する保健衛生と風紀上の取締、指導の必要から、その公共的性格に鑑みて浴場の営業を規制している法の趣旨から考えると、法が規制の対象として予想しているものがいわゆる銭湯のような構造、営業形態のもののみに限定されると解することには充分な根拠がなく、法一条一項に定めた定義から逸脱しない限り、公衆衛生上の見地から規制を加える必要のあるものは全てその対象に含まれているものと考えるべきである。被告人の経営する本件浴場は、いわゆる銭湯のように附近の住民の日常生活に必要欠くべからざるものではなく、その公共性は銭湯に比して程度は低いが、やはり不特定多数の国民が利用するものであることは明らかであり、一定限度の社会性を有していることは否定できず、また、その営業形態から考えても銭湯とは異り個室であるとはいえ、温湯その他を使用して入浴させる施設を有するものであることは明らかである。これらの点から考えると、本件浴場は法一条一項にいう公衆浴場の一形態として法の規制の対象に含まれているものと言わざるを得ない。従つて、この点に関する弁護人の主張は採用することができない。

二、次に、弁護人は左のとおり主張する。

(一)  被告人は、昭和三七年六月六日、本件営業に関して所定の手続、方式に従い大阪市長に対して公衆浴場営業許可申請書を提出した。

(二)  大阪市長は、同年九月一二日付で、被告人の設置しようとする場所が法二条二項にいう配置の適正を欠くものと認めて右申請に対して不許可処分をした。

(三)  しかしながら法二条二項本文後段(以下これを「適正配置に関する規定」という)および同条三項による大阪府公衆浴場法施行条例(以下「府条例」という)二条の規定は、「トルコ風呂」に対する関係においては、憲法二二条一項の職業選択の自由の規定に抵触し違憲無効のものであり、従つて、右不許可処分も違憲無効のものである。

(四)  右営業許可申請は、設備構造の点から不許可になる理由は存在しないのであるから、右違憲無効の処分がなければ当然許可されるべきものであつたのであり、このような場合には本件被告人の行為は法八条一号の構成要件を充足しないものと言うべきである。

(五)  かりに、被告人の行為が形式的に右罰条の構成要件を充足するとしても、それは大阪市長の誤つた不許可処分の結果にすぎず、それがなければ当然営業開始までに許可になつていた筈であるから、被告人の行為は実質的な違法性を欠くものである。

三、右の主張に対する当裁判所の判断は次のとおりである。

(一)  被告人が弁護人の主張するとおり営業許可申請をしたことおよび大阪市長がこれに対して前述のとおりの理由で不許可処分をしたことは明らかである。

(二)  弁護人は適正配置の規定およびそれによる府条例の規定が「トルコ風呂」に対する関係で違憲無効であると主張し、右大阪市長の不許可処分の違憲無効を言うのであるが、要するに、適正配置の規定を本件被告人の経営する浴場に適用した大阪市長の処分が法律の適用を誤つたものであるという主張に帰着するものと認められる。(なお、弁護人作成の弁論要旨中には、適正配置の規定自体について憲法上の効力を争うかの如き主張があるが、右規定が職業選択の自由を保障する憲法二二条一項の規定に違反するものではないことは最高裁判所の判決〔昭和二八年(あ)第四七八二号昭和三〇年一月二六日大法廷判決等〕の趣旨によつて明らかであると言わざるを得ず、右の主張は採用できない。)そして、弁護人は、右の主張を前提として、本件被告人の行為が法八条一号、二条一項の構成要件を充足しない旨主張するのであるが、たとえ右不許可処分が取消し得るものであつたとしても、それは正当な権限を有する行政庁又は裁判所による取消のあるまでは有効な処分として効力を保持することは当然であり、また、かりに右不許可処分が無効であつたとしても、これを直ちに有効な許可処分があつたものと同視することは勿論できないのであつて、いずれにせよ本件被告人の行為が右罰条の構成要件を充足していることは多言を要しないところであり、右弁護人の主張は独自の見解に基くもので採用することはできない。もつとも、右弁護人の主張は、被告人の行為の正当性を主張しているものとも理解できるが、そうだとすれば結局被告人の行為が違法性を欠くとの前記二、(五)の主張に帰着するわけであるから、以下右の主張について判断を加えることとする。

(三)  先ず、適正配置の規定が本件被告人の経営する浴場に適用されるかどうかについて判断する。営業の自由は憲法によつて保障された基本的人権の一つであつて、立法のうえでも最大の尊重を払われねばならない。それが公共の福祉により制限されることは当然のこととしても、その制限はあくまでも公共の福祉を維持するために必要にして充分な限度に止められるべきものであつて、公共の福祉の名のもとにこれに対して不合理な制限を加えることは許されるものではない。

ところで、公衆浴場についてその設置の場所が配置の適正を欠く場合にも経営の許可を与えないことができるとされている理由は、多数の国民の日常生活に必要欠くべからざる浴場について設立を業者の自由に委せた場合には、その偏在により多数の国民が日常容易に公衆浴場を利用しようとする場合に不便をきたすおそれがあり、また、その濫立によつて浴場経営に無用の競争を生じ、その経営を経済的に不合理ならしめ、ひいて浴場の衛生設備の低下等好ましくない影響をもたらすおそれがあるからにほかならず、右の点以外には浴場経営を距離制限に服せしめる合理的根拠を見出し難い。本件被告人の経営する浴場は、前述のとおり、三〇室の個室のみからなるもので、入浴にマツサージのサービスが伴い、料金については、物価統制令に基く公衆浴場入浴料金の統制額の指定等に関する省令の適用を受けておらず、昭和三七年一〇月当時において入浴料八〇〇円、サービス料三〇〇円の合計一一〇〇円である。このような構造、営業形態、料金から考えると本件浴場が通常の公衆浴場、いわゆる銭湯とは著しく性格を異にすることは明らかで、その利用者も銭湯に比し著しく少数であり(被告人の昭和三七年一一月一二日付司法警察員に対する供述調書によれば当時一日六〇人ないし七〇人であると認められる)かつ附近の住民に限定されないものと認められ、その利用目的も銭湯とはかなり異るものがあると考えられる。右のような点からすれば、本件浴場が地域の住民の日常生活に必要欠くべからざるものではないことは明らかであり、従つて、その偏在によつて多数の国民に不便を与える点の配慮は全く必要なく、また、その濫立によつて衛生設備の低下を招くことも殆ど考慮を要しないものと考えられる。地域の住民にとつて必要欠くべからざる浴場については、衛生設備の低下している浴場でも利用せざるを得ない場合があるので、過当競争を防止するため配置の適正を考慮する必要があるとしても(もつともこのような方法によつて衛生設備の低下を防止できるかどうかは著しく疑問ではあるが)、地域の住民に限られない比較的少数の国民によつて利用される本件のような形態の浴場についてはその点の配慮は不要で、かえつて自由競争に委せておいた方が衛生設備の低下を防止するのに有効であるとも考えられ、公衆衛生上の見地から規制する必要があれば、まさにそれを理由にして法の規制を加えればよいのであり(法二条二項本文前段、三条、四条、五条、七条等参照)、いずれにせよ配置の適正を理由に規制を加えることは、公共の福祉を維持するために必要なものとは認められず、憲法の精神に適合しないものと考えられる。以上の理由により、本件被告人の経営する浴場については適正配置の規定はその適用を排除されるものと言うべきであり、従つて、右規定を適用してなした大阪市長の不許可処分は法律の適用を誤つたものであると認める。

(四)  被告人の営業許可申請に対してなした大阪市長の不許可処分が法律の適用を誤つたものと言うべきことは前述のとおりであるが、その故をもつて直ちに被告人の行為が違法性を欠くものとは言い得ないことは勿論である。右不許可処分の瑕疵を有効な許可処分があつたのと同視することができないことは言うまでもないことで、本件被告人の行為は法八条一号、二条一項の要件に欠けるところはない。たゞ行為の動機、目的、経過、当時の状況等一切の事情を総合して、形式的には右罰条の構成要件に該当する場合でも、実質的に、いわば超法規的に違法性を阻却する場合のあり得ることは否定できない。そこで、次にこの点について検討することとするが、そもそも本件の場合の如き行政的な取締を目的とするいわゆる行政刑法にあつては、加罰の対象とされる行為はそれ自体反道義性、反社会性を有するものではなく、専ら法規の定めに基く命令、禁止に違反したがためにのみ罰せられるのが一般であるから、右違法性を実質的に阻却する事由を認定するに当つても自然犯の場合とはかなり事情を異にするものと考えられる。ところで、被告人の経営する本件浴場の構造設備、「大阪市公衆浴場営業許可事務取扱要領」等から判断すると、本件浴場は前述の法の適用の誤りがなければ許可されるに足りる条件を備えていたであろうことが一応うかがわれる。また、本件浴場とほゞ同様の営業形態をとつている浴場「ニユージヤパン」が近接した場所の公衆浴場があるにも拘らず営業許可になつている事実を知つていて、構造設備さえ充分備えれば営業許可になると信じて、許可申請を提出するより前に本件浴場を経営するための工事に着手した被告人の気持も理解できないでもない。しかしながら、被告人は工事続行中であつた昭和三七年七月一〇日頃大阪市衛生局係官より許可の見込みはない旨知らされ、その後も再三工事を中止するように勧告されたにも拘らず工事を続行し、同年九月一二日頃不許可の通知を受けたのに対して、その後間もない同月二八日頃から営業を開始したのであり、その間不許可処分に対して直ちに所定の不服申立方法をとつた事跡も認められない。被告人の資産、経済状態から判断しても、許可申請書を提出するよりも前から工事に着工し、当局の行政指導を無視してこれを強行しなければならなかつた程の緊急性も認められない。これらの事情を総合して判断すると、本件被告人の行為には或程度同情に値する点が認められるとは言え、実質的に違法性を欠くものではないことが明らかであると言わねばならない。以上の理由により、結局弁護人のこの点に関する主張も採用することができない。

(裁判官 今中五逸 高橋太郎 妹尾圭策)

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